2024年11月16日
労務・人事ニュース
2024年の年金財政検証が示す未来―高齢化時代の財政持続可能性を支える4つの改革オプション
『社会保障研究』第9巻第2号 2024年年金財政検証特集の各論文から触発されたいくつかの議論(社人研)
2024年に公表された年金財政検証は、社会保障政策における今後の方向性を示す重要なものとなっています。この検証は、年金の持続可能性と給付水準の適正化を検討するために行われたもので、特に人口の高齢化が進む中での制度改革の必要性が浮き彫りにされています。今回の検証の特徴として、年金給付水準の「所得代替率」と「実質年金額」に関する複数のシミュレーションが行われ、将来の政策の効果を多角的に分析しています。所得代替率は、年金受給開始時点における労働者の平均賃金に対する年金額の割合を示しており、現役世代と高齢世代間の生活水準の差を相対的に評価する指標です。一方、実質年金額は物価に対して年金額の実質的な購買力を評価する指標で、生活に必要な品目の購買力を測る役割を果たします。
具体的には、今回の年金検証では労働力率や生産性の向上率、運用利回りなど複数の経済指標をもとにした4つの異なる経済前提が設定されました。また、短時間労働者の厚生年金適用拡大、マクロ経済スライドの停止、在職老齢年金改革、標準報酬上限の引き上げなど、政策的なオプション試算が検討されています。これらの改革は、年金受給者がより安心して老後を過ごせるような財政安定の実現を目指しています。
短時間労働者の厚生年金適用拡大については、給付水準の安定化に寄与する可能性が示されています。具体的には、約860万人まで適用範囲を広げることで、国民年金受給者の負担が分散され、積立金の安定性が増す一方で、積立金が少ない国民年金では運用利回りの影響を受けやすく、年金水準に課題が生じる可能性も指摘されています。このように適用範囲拡大の政策が給付水準に与える影響については慎重な検討が求められます。
また、寿命の延びによる年金財政への負荷が問題視されており、労働年齢の上限引き上げや拠出期間の延長などの対策が必要とされています。1985年に施行された年金改革以降、給付水準を維持しながら就労期間の延長や年金加入期間の増加が求められましたが、現実には拠出期間が40年を超えるケースが限られており、年金制度の持続性の観点からも年金制度の再設計が求められています。特に、年金加入期間を45年に延長する案が検討されていますが、この改革が2034年までに実施されるかが今後の課題です。この改革が実現すれば、今後の世代に対して一定の給付水準の維持が期待されるため、政府や厚生労働省が実現に向けて取り組むことが望まれます。
一方で、所得代替率の維持についても議論があり、年金給付水準の調整には課題が山積しています。所得代替率は、現行制度において年金給付の持続可能性を図るために導入された重要な指標ですが、その実際の生活費をどのように保障できるかという問題に対する十分な解決策とはなっていません。特に高齢者が社会から排除されないように、実質的な購買力を確保する必要があり、消費者物価指数(CPI)で将来の年金額を評価する現在の方法には限界があります。経済成長が見込まれる中で、新しい技術や製品が日常生活に不可欠となるため、年金制度もそれに対応した実質的な購買力の確保が求められるのです。
年金給付水準が低下する一方で、私的年金の重要性も高まっています。特に今後は公的年金と私的年金の「連携」による老後資産の維持が求められるとされています。私的年金は単なる公的年金の上乗せ機能ではなく、老後の生活を安定させる重要な役割を担っており、若年期からの資産形成が鍵となるでしょう。金融リテラシーの向上や、年金シミュレーションを通じた「見える化」の強化が必要です。企業や個人の状況に合わせて公的年金と私的年金を連携させることで、将来の生活水準をより柔軟に支えることが可能になるでしょう。
さらに、年金改革の中で既裁定年金に対する「マクロ経済スライド」の影響も議論されています。このスライドにより、2057年まで年金額が物価変動に対して実質的に低下し続けることが予測されています。特に、1959年生まれは退職後も長期にわたって実質基礎年金額が低下し続けるため、世代間での年金給付水準の不均衡が顕著です。既裁定年金の調整には、現役世代と高齢世代の間での財政負担のバランスを保つ必要があり、所得保障をどのように維持していくかが課題となります。
この他にも、世帯構造の変化に伴う年金制度の見直しも重要です。共働き世帯や単身世帯が増加する現代において、所得代替率の計算に基づくモデル世帯の設定が時代に合わない点も指摘されています。さらに、結婚率が低下する中で「第3号被保険者制度」の見直しも議論されています。第3号被保険者制度は、配偶者が年金保険料を負担することで専業主婦やパートタイマーに年金加入資格を与えるものですが、働き方や家族の多様化により適用対象が限られるため、最低保障年金体制の確立が検討されています。将来的には結婚や職業に関わらず、全ての国民が老後の基礎的生活を保障されるための新たな制度が求められるでしょう。
本年度の年金検証で示された諸問題は、日本社会にとって避けられない課題であり、今後の議論の重要な柱となるでしょう。長期的な視点に立って、年金制度の持続可能性を保ちつつ、すべての世代が公平な年金を享受できるよう、制度改革が求められています。
⇒ 詳しくは国立社会保障・人口問題研究所のWEBサイトへ