2025年2月7日
労務・人事ニュース
求職者の信頼を損なわないために!求人広告の適正表示と企業が知るべき労働条件の明示義務
個別労働関係法ハンドブック―法令と判例―(JILPT)
日本の企業における採用活動は、労働市場の動向や法規制の影響を受けながら年々変化している。近年は、求人詐欺や採用内定の取消といった問題がクローズアップされ、企業の採用プロセスにおいても法的リスクへの対応が求められるようになった。特に、新卒採用や中途採用に関する判例が増加し、企業の採用活動のあり方に影響を与えている。本記事では、企業の採用担当者が知っておくべき重要な法的ポイントを整理し、具体的な判例をもとに解説する。
まず、求人に関する情報の明示義務について触れる。日本の労働基準法第15条では、労働契約の締結時に賃金や労働時間などの労働条件を明示する義務が定められている。しかし、求人票に記載された給与額については、あくまで「見込み額」であり、最低額の支給が保証されているわけではないという裁判例がある。例えば、八洲測量事件では、企業側が提示した求人票の基本給額が、実際の給与と異なっていたことが争点となった。この判例では、求人票に記載された額は必ずしも確定的なものではなく、企業の経営状況や賃金改定の動向によって変動しうると判断された。
一方で、中途採用者や既卒者の採用に関しては、企業側の説明が不十分であった場合、労働基準法違反とみなされる可能性がある。日新火災海上保険事件では、求人広告に記載された条件と実際の労働条件が異なっていたことで、労働基準法に基づく労働条件明示義務違反が認定された。これにより、企業が求人広告を出す際には、記載する労働条件と実際の契約内容を一致させることが重要となる。
また、近年問題視されているのが「求人詐欺」である。これは、労働者を募集する際に意図的に高い労働条件を提示し、実際にはそれと異なる条件で雇用契約を締結する行為を指す。例えば、Apocalypse事件では、企業が「月給25万円~40万円」として求人を出しながら、実際には残業代込みの金額であることを説明せずに採用を行った。この裁判では、労働契約が求人広告に基づいて締結されたと認定され、企業に対して労働条件の明示義務違反が問われた。こうした事例からもわかるように、企業が正確な情報を提供しない場合、法的責任を問われる可能性がある。
次に、採用内定の取消に関する問題についても取り上げる。日本では、新卒採用において「内定」と「内々定」という概念が存在するが、これらの法的効力は異なる。一般的に、企業が正式な内定を出した場合、それは「始期付・解約権留保付の労働契約」として扱われ、企業側は正当な理由がない限り、一方的な取消は認められない。例えば、コーセーアールイー事件では、企業側が経営状況の悪化を理由に内定取消を行ったが、裁判所は「内定取消の合理的な理由がない」として、企業に対し損害賠償を命じた。一方で、内々定の場合は、正式な労働契約の締結とはみなされず、企業が自由に取消できるとする裁判例もある。
さらに、中途採用における内定取消も法的に争われることがある。インフォミックス事件では、企業が採用通知を出した後に、契約の締結前に内定を取り消した。この場合、裁判所は「労働契約が成立していたとは言えないが、企業の対応には信義則上の問題がある」として、内定取消に伴う損害賠償を認めた。このように、中途採用の場合も、企業が一方的に内定を取り消すことはリスクを伴うため、慎重な対応が求められる。
試用期間の扱いについても注意が必要である。一般的に、試用期間を設けることで、企業は本採用前に従業員の適性を確認できるが、不当な理由で試用期間を延長したり、試用期間満了後に本採用を拒否した場合、労働者から訴えられるリスクがある。例えば、東京地裁のある事例では、企業が試用期間を理由に従業員を解雇したが、裁判所は「合理的な理由がなく解雇権の濫用に該当する」として、労働者の復職を認めた。
これらの判例からも明らかなように、採用活動における法的リスクは多岐にわたる。企業が求人広告を出す際には、労働条件を正確に記載し、求職者に誤解を与えないようにすることが重要である。また、採用内定の取消や試用期間の運用についても、慎重な対応が求められる。企業の採用担当者は、こうした法的リスクを理解し、適切な採用プロセスを構築することで、トラブルを未然に防ぐことができる。